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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)1823号 判決 1996年12月10日

控訴人・附帯被控訴人

森本興産株式会社(以下「控訴人」という。)

右代表者代表取締役

森本博

右訴訟代理人弁護士

岡豪敏

上原茂行

佐田元眞己

被控訴人・附帯控訴人

大商建設株式会社(以下「被控訴人大商建設」という。)

右代表者代表取締役

大山義輝

被控訴人・附帯控訴人

コスモ開発株式会社(以下「被控訴人コスモ開発」という。)

右代表者代表取締役

大山義輝

右両名訴訟代理人弁護士

佐野喜洋

主文

一  控訴人の控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金三億二〇〇〇万円及びこれに対する平成三年九月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人らの本件附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一審の本訴費用及び当審における費用(控訴費用及び附帯控訴費用)とも被控訴人らの負担とする。

五  この判決は二項に限り仮に執行することができる。

六  原判決主文一項に「反訴原告(被告)」とあるのを「反訴原告(被告)ら」と更正する。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文一、二項同旨。

二  附帯控訴の趣旨

1  原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2  控訴人は、被控訴人らに対し、それぞれ金二億五〇〇〇万円及びこれに対する平成六年九月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件控訴人の本訴請求は、控訴人は、被控訴人らとの間で原判決添付別紙物件目録記載の各土地のうち被控訴人らの宅地造成する約三四八〇平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)につき控訴人を買主とする売買契約を締結し手附金を交付したものであるところ、主位的に、被控訴人らが約定の期限に宅地造成を終えて控訴人に対し本件土地を引き渡さず、また引き渡すことができなかったとして履行遅滞、履行不能を原因として売買契約を解除し、予備的に、被控訴人らが(右期限経過後に)本件土地を第三者に売却したため控訴人に引き渡すことができなくなったとして履行不能を原因として(改めて予備的に)売買契約を解除し、被控訴人らに対して約定の手附金倍額相当の違約金とこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めるものである。

これに対し、被控訴人らの反訴請求事件は、被控訴人らは、本件土地の売買契約成立後、控訴人との間で相当期間の引渡期限猶予の合意が成立し、右期間内に宅地造成を終え、控訴人に対し、本件土地の引渡債務の履行の提供をして残代金の支払を求めたが、控訴人が右支払をしなかったとして、控訴人に対してその履行遅滞に基づく損害賠償とその遅延損害金の支払を求めるものである。

二  争いのない事実については、原判決の「事実及び理由」の第二の二記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決四丁表五行目に「被告らと」とあるのを「被控訴人らを」と改める。

三  控訴人の主張の要旨

1  控訴人は、平成三年五月二八日、被控訴人らに対し、本件契約につき、残代金支払の用意はしてあるので、履行期限である同月三一日までに本件土地を宅地造成を終え完全完成有効宅地として控訴人に引き渡すなどの契約内容を履行するように求め、催告した。

なお、その際、被控訴人らは、右期限までに右の履行をすることはできない旨返答した。

2  控訴人は、被控訴人らが同月三一日までに本件土地を控訴人に引き渡すなどの契約内容を履行しなかったので、平成三年六月八日、被控訴人らに対し、本件契約を解除する意思表示をした。

3  被控訴人らは、平成三年五月三一日には、本件土地を完全完成有効宅地として控訴人に引き渡すなどの契約内容を履行することができないことが明らかであったものであり、控訴人の右2の解除は、被控訴人らの債務の右期限における履行不能をもその原因とするものである。

4  被控訴人らは、その後、本件土地の宅地造成を完了したが、平成四年一一月ころから逐次他に売却し、本件契約は履行不能となった。そこで、控訴人は、被控訴人らに対し、(改めて予備的に)平成七年一一月二〇日付け準備書面(被控訴人らにおいて同月二一日受領)により、本件契約を解除する意思表示をした。

四  被控訴人らの主張の要旨

次に付加するほか、原判決の「事実及び理由」の第二の四記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決四丁裏末行の「相当期間」の次に「(一か月程度)」を加え、五丁表末行に「被告」とあるのを「被控訴人ら」と訂正する。

1  本件土地の宅地造成工事は控訴人の注文による工事であるから、控訴人の被控訴人らに対する、平成三年六月八日にした本件契約を解除する旨の意思表示は、信義則に反し、権利の濫用で無効である。

2  控訴人は、被控訴人らに対し、平成三年五月二五日及び同月二八日、本件契約上の債務(残代金支払)を履行しない意思を明確にしたのであるから、被控訴人らの本件契約上の債務が同月三一日の時点で履行不能であったとしても、平成三年六月八日になって同年五月三一日の時点の右履行不能を主張して本件契約を解除することは、権利の濫用で無効である。

3  被控訴人らが、本件土地の宅地造成を完了した後、第三者に対し本件土地を売却したのは、控訴人が平成三年六月八日に本件契約を解除する意思表示をし、同年八月二日に本訴請求訴訟に及び、本件契約上の代金支払義務を履行しない意思を明確にしていたためである。したがって、控訴人が、被控訴人らの右売却をもって、本件契約が履行不能になったと主張し本件契約を解除することは、信義則に反し無効である。

五  主な争点

1  本件合意の成否

2  控訴人が平成三年六月八日にした解除の意思表示は有効か。

3  被控訴人らが同年七月三〇日にした催告は履行の提供といえるか。

4  控訴人が平成七年一一月二一日にした解除の意思表示は有効か。

第三  当裁判所の判断

一  認定事実

前記争いのない事実に、証拠(甲第一、第三ないし第八号証、第一三号証の1、2、第一五ないし第一七号証、第一八号証の2、第一九号証、検甲第一号証の1ないし10、第二号証の1ないし9、第四号証の1ないし11、第六号証の1ないし4、乙第一、第八ないし第一〇号証、第一五号証の1ないし11、第一六号証、第一七ないし第二〇号証の各1、2、第二二号証、第二四号証の1、2、第二五号証の1ないし4、原審における証人西澤睦雄及び被控訴人ら代表者の各供述、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  控訴人と被控訴人らは、平成二年九月二〇日、控訴人が被控訴人らから本件土地を売買代金一六億三〇六〇万円で買い受ける、被控訴人らが本件土地を宅地造成して引き渡す履行期を平成三年五月三一日とする、等の内容の前記第二の二(引用する原判決第二の二の2)記載の本件契約を締結し、控訴人は被控訴人らに対し手附金一億六〇〇〇万円を交付した。

なお、控訴人が本件契約を締結した目的は、その関連会社とともに本件土地の各造成区画上に建物を建築し、建売住宅として分譲販売することにあり、このため、本件契約には、特約として、①本件土地取引は完全完成有効宅地取引とすること、②被控訴人らにおいて、宅地造成完了後の確定測量図に基づいて地図訂正、地積更正、地目変更、各区画毎の分筆登記を完了し、各境界点はコンクリート杭で明示して引き渡すこと、③被控訴人らは、本件土地の引渡時に、開発許可証、工事完了検査済証等の必要書類を控訴人に手交すること、④本件土地の取引対象区画数は三四区画とするが、本件契約書添付の土地利用計画図に基づき控訴人の希望する計画変更を被控訴人らは了承すること、等が合意された。そして、控訴人は、右土地利用計画図を基本とし、造成地全体の概略の範囲、道路、区画数等の主要な点を変更しない範囲内において、本件土地の区画地が一般住宅用地としてより適し分譲販売し易いものとなるように、三四区画中の二区画につき面積を増やしてそれぞれ一〇〇平方メートルを確保することや、その他の区画地につても間口や地盤面の高さなど細部の点について計画変更を希望し、被控訴人らは、右希望を容れて右二区画の面積を確保するため関係地主と交渉して三二平方メートルの買増しの承諾を得るなどしたうえ、平成三年三月一一日、造成すべき区画宅地の内容が確定された造成図面を作成した。

2  被控訴人ら代表者大山義輝は、平成三年一月二五日から同月末にかけて、控訴人事務所を二度にわたり訪れ、控訴人の関連会社役員で、本件契約に関する控訴人側担当者であった西澤睦雄や控訴人代表者森本博に対し、本件土地の引渡時期の延期の申入れをしたが、控訴人は、同年二月一日開催の役員会(控訴人役員のほか関連会社の役員も出席する定例会)で検討した結果右申入れを拒否することとし、西澤睦雄から大山義輝に電話で右申入れを拒否する旨が伝えられた。大山義輝は、同月七日頃、控訴人事務所を訪れ、森本博に対し、本件土地の引渡時期の延期の再度の申入れをしたが、森本博は大山義輝に対し、「契約どおり進めてくれ。」と述べて改めて右申入れを拒否した。

3  被控訴人コスモ開発は、平成三年一月二一日、枚方市長に対し、本件土地等につき、都市計画法二九条による開発行為の許可申請をして、同年二月一日、右許可を受け、また、同年三月二〇日付けで、橘内建設株式会社との間で、橘内建設を請負人として、本件土地の宅地造成工事を、請負代金額を一二億三六〇〇万円(消費税込み)、工事期間を同年三月四日(着手日)から同年六月二五日(完成日)までとして請け負わせる請負契約を締結し、橘内建設は、同年三月四日ころ、右造成工事に着手した。

4  西澤睦雄は、控訴人の工事計画を進める関係から、平成三年五月一〇日頃、本件土地を視察し、造成工事の進捗状況を確認したところ、造成工事は大幅に遅れていると判断し、被控訴人らから連絡を待つこととしたが、被控訴人らから何の連絡もなかった。しかし、西澤睦雄は、被控訴人らに支払うべき残代金額が多額にのぼるため、同月二六日、再度本件土地を視察し、造成工事の進捗状況を確認したところ、なお造成工事は大幅に遅れ、同月三一日の工事完成引渡しはほとんど不可能な状況にあると判断した。そこで、西澤睦雄は、同月二七日、電話で大山義輝に対し造成工事の大幅な遅れを指摘するなどし、同月二八日、控訴人事務所を訪れた大山義輝に対し、控訴人としては残代金支払の用意はしてあるが、同月三一日の工事完成引渡しは不可能と判断されるので、本件契約を解除したいと述べて、合意解除に関する協定書案を大山義輝に交付した。これに対し、大山義輝は、同月三〇日、控訴人事務所を訪れ、西澤睦雄に対し、本件契約を売買代金額を減額して継続したいと申し入れたが、西澤睦雄は、これを拒否した。

5  被控訴人らは、平成三年五月三一日、控訴人に対し、本件土地を引き渡さなかった。なお、控訴人は、同日、あさひ銀行(守口支店)に、当座預金九二三万九〇六六円、定期預金六四億一〇〇〇万円を有する一方、同銀行に対して融資金債務等の債務を負担しておらず、かつ右各預金について質権等の担保権の設定もなされていなかった。ちなみに、同年六月三〇日におけるその預金残高は、当座預金一〇五六万五五六六円、定期預金五六億九〇〇〇万円であり、各預金について質権等の担保権の設定はなされていなかった。

6  控訴人は、平成三年六月八日、被控訴人らに対し、本件契約を解除する意思表示をした。

7  被控訴人らは、平成三年六月一四日、控訴人に対し、側溝工事・舗装工事・整地工事等の残工事を同月三〇日頃までに完了させたうえ、本件契約の決済要求に及ぶ旨を通知した。

8  控訴人は、被控訴人らを相手方として、大阪地方裁判所に本件土地の一部(枚方市に道路として移管予定の土地を含む合計三〇筆)につき不動産仮差押えの申立てをし、同裁判所は、平成三年六月二一日、仮差押決定をして、その旨の登記がなされた。

9  被控訴人らは、本件土地につき、排水施設の埋設工事及び道路の築造工事(ただし、未舗装)を終えるなどしたうえ、枚方市の行政指導に基づき、平成三年六月二五日、宅地造成に関する枚方市の中間検査の申請をし、同月二八日、右中間検査を受け、枚方市から若干の不備事項等を指摘され、指示を受けた。

また、被控訴人らは、同年七月一日、造成地から道路部分を分筆した。なお、右道路部分の地目が公衆用道路に変更され、被控訴人らから枚方市に所有権移転登記がなされたのは平成四年一一月二八日である。

10  被控訴人らは、平成三年七月三〇日、控訴人に対し、三日以内に本件契約の決済日時を知らせるよう通知し、残代金支払の催告をしたが、控訴人は右支払をしなかった。

11  枚方市の行政指導では、開発者が開発区域内の道路及び開発区域外との連絡道路を新設し又は改良する場合には、工事完了検査日までに道路の全面舗装をすることと、また、開発面積が0.3ヘクタール以上の開発行為をする場合には、枚方市長と協議のうえ主要区画街路の交差部に街路灯を設置することと、それぞれ定められているところ、本件土地の総面積は約三四八〇平方メートルであって、0.3ヘクタールを優に超えていたが、平成三年七月三〇日の時点においては、本件土地内に存する道路の舗装や街路灯の設置がされていないなど、本件土地の造成工事自体は未だ完了しておらず、各区画毎の分筆登記手続、境界点の明示も終わっていなかった。

12  被控訴人らは、平成四年四月一四日、控訴人に対し、本件契約の手附金一億六〇〇〇万円を没収する旨通知した。

13  被控訴人らは、本件土地の宅地造成を完了し、本件土地に対する仮差押えの執行解放金を供託して仮差押えを解除し、枚方市の工事完了検査を受けたうえ、平成四年一一月一二日、東栄住宅株式会社に対し、本件土地のうち一七区画を売買代金四億三〇三二万円で、また、大阪府全日本不動産事業協同組合に対し、本件土地のうち一七区画を売買代金四億三三九二万円で、それぞれ売り渡し、その頃所有権移転登記をした。

14  控訴人は、被控訴人らに対し、平成七年一一月二〇日付け準備書面(被控訴人らにおいて同月二一日受領)により、本件契約を解除する意思表示をした。

二  控訴人が平成三年六月八日に被控訴人らに対してした本件契約解除の意思表示の効力について検討する。

1  手附金に関する約定の趣旨

本件契約の解除及び違約金に関する約定の内容が前記第二の二(引用する原判決第二の二2(三))記載のとおりであり、手附金額が本件契約の代金一六億三〇六〇万円の約一割に相当することに照らすと、控訴人が被控訴人らに交付した本件契約の一億六〇〇〇万円の手附金の性質は、解約手附の性質のほか違約手附としての性質を有し、また、右の約定は、当事者の一方に債務不履行があった場合、特別の損害がない限り、手附金の没収(控訴人に債務不履行がある場合)ないし倍額の支払(被控訴人らに債務不履行がある場合)によって本件契約を清算することを内容とする損害賠償額の予定を特約するものと解される。

2  被控訴人らの履行期限徒過の有無(本件合意の成否)

被控訴人らが控訴人に対し、本件契約に際しその履行期限とされた平成三年五月三一日に本件土地の引渡し等をしなかったことは前記一の5認定のとおりである。

ところで、被控訴人らは、平成二年一月下旬ころ、控訴人との間で、被控訴人らの本件土地引渡等の履行期限を相当期間(一か月程度)猶予する本件合意をした旨主張し、原審における被控訴人ら代表者大山義輝の供述中には、大山義輝が平成二年二月七日ころ控訴人事務所を訪れ、被控訴人らの本件土地引渡等の履行期限の延期を申し入れたところ、西澤睦雄から「同じ同業者で仕事をやってんねんからまあいいじゃないですか。」と言われ、右発言から右延期申入れを承諾してもらったと解釈したとの供述部分があり、また、被控訴人コスモ開発が平成三年三月二〇日付けで橘内建設株式会社との間で、橘内建設を請負人とし本件土地の宅地造成工事を完成日を同年六月二五日までとして請け負わせる請負契約を締結し、橘内建設は同年三月四日ころ右造成工事に着手したことは、前記一の3認定のとおりである。しかし、右大山義輝の供述中には、西澤睦雄の右発言は、控訴人の代表者である森本博から「一応日にちもあるし、契約どおりの形で進めてください。」といわれた後、西澤睦雄から森本博のいない場所でなされたという部分があるところ、前記一の2認定の大山義輝の延期申入れに対する控訴人側の対応にも照らすと、西澤睦雄が控訴人取締役会の拒否決定及び控訴人代表者森本博の拒否回答に反して独断で右申入れを承諾することは考え難いところであり、さらに、原審における証人西澤睦雄の証言は右発言を否定するものである(この証言を覆すに足りる証拠もみあたらない。)ことをも併せると、前記大山義輝の供述によっては西澤睦雄が右発言をしたと認めることはできない。また、被控訴人コスモ開発が橘内建設との間で締結した請負契約の内容や橘内建設の工事着工時期も、西澤睦雄が右発言をしたことを推認させるものではなく、他に本件合意がなされたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

3  控訴人の平成三年六月八日解除における履行の提供及び催告の要否

(一) 本件契約は、被控訴人らにおいて宅地造成し本件土地を完全完成有効宅地として控訴人に引き渡し、控訴人は被控訴人らに対し、その対価たる代金を支払う内容の契約であるから、双務契約であることは明らかであり、被控訴人らの本件土地の引渡債務と控訴人の代金支払債務とは同時履行の関係に立つものである。

ところで、前記認定事実によれば、被控訴人らによる宅地造成工事等は、履行期である平成三年五月三一日の時点では相当遅れ、完全完成有効宅地とするほか本件契約の特約事項の履行を完了して控訴人に引き渡すためには、それまで工事等を進めてきた期間におけるのと同程度の速度で工事等を進めると、なお優に一か月を超える相当期間宅地造成工事等を行う必要がある程度の進捗状態にあったことが明らかである。控訴人は、右工事進捗状況等に照らして、被控訴人らの本件契約上の債務は同日時点で履行不能であったと主張する。

しかし、さらに前記認定事実によれば、被控訴人らは、同日時点で、その債務を履行するため、本件土地の宅地造成工事等の完成に向けて工事等を続行しており、なお相当期間を要するものの完了を期待することができたといえることを考慮すると、被控訴人らの債務は未だ履行不能の状態には至っていないというべきである。

(二) 双務契約の一方当事者が契約を解除するには、他方当事者の同時履行の抗弁を喪失させるため、履行期以降に自己の債務につき履行又は履行の提供をし、更に他方当事者に対しその債務の履行を催告することを要するが、この同時履行の抗弁は、契約当事者が、双務契約の対立する各債務につき同一の履行期を定めた場合に、相互に、履行期までに相手方がその債務を履行するのと同時に自己の債務を履行することができるよう大略の準備をし、履行期に自己の債務を履行すればこれと引き換えに相手方から債務の履行を受けられるものと期待できることを前提として、対立する各債務を関連的に履行させるため認められるものであるから、一方当事者が履行期に他方当事者からその債務の履行を受けることを期待して自己の債務を履行することができる状態に準備していたのに、他方当事者は、これを知りながら、自己の債務の履行のための準備に相当の遅れを来して履行期を徒過し、一方当事者に同期限経過後も待機するのをやむを得ないものとして受忍することを期待できる程度の期間内に履行可能な状態に達し得ると客観的に認められる事情もない場合には、一方当事者は他方当事者に対する催告及び履行の提供を要することなく契約を解除することができるものと解すべきであり、それが同時履行の抗弁の基をなす公平の原則にもかなうものというべきである。

右の見地からすると、被控訴人らは、双務契約から生ずる対立した債務を負担するものとして、同時履行の抗弁権を有するものの、本件土地の宅地造成工事がその性質上相応の工事期間を要するものであることを考慮しても、被控訴人らにおいて本来約定の履行期までに右工事を完了すべきものであり、かつ、証拠を総合してもこれが不可能であったことを認める事情は認められないことに照らすと、控訴人が履行期経過後なお待機することをやむを得ないものとして受忍することを期待できる程度の期間はそれが認められてもごく短いものであり、履行期である平成三年五月三一日の時点における宅地造成工事等の進捗状況及び程度は、その受忍期間内に完成に達することはできないものといわざるを得ないから、控訴人が本件契約を解除する関係においては、控訴人が残代金支払の準備をしその債務を履行することができる状態にあり、被控訴人らがこれを知りながら右時点を徒過したことが認められれば、被控訴人らは当然に履行遅滞となり、控訴人は、被控訴人らに対する催告及び履行の提供を要することなく本件契約を解除することができることになる。そして、前記認定したところによれば、控訴人は、平成三年五月二八日までに本件契約の残代金決済資金を用意していることを告げたほか、現に同月三一日、あさひ銀行(守口支店)に、当座預金九二三万九〇六六円のほか、担保権設定のない定期預金六四億一〇〇〇万円を有していたのであり、他方、被控訴人らが控訴人の残代金支払能力を懸念し支払を危惧したとの事情は証拠上うかがえないから、控訴人は、同日の本件契約の履行期に、残代金支払の準備をしその債務を履行することができる状態にあり、被控訴人らはこれを知っていたものと認めることができる。

なお、原審における被控訴人ら代表者大山義輝の供述中には、本件土地の宅地造成工事が遅れたのは、文化財試掘対象地であった本件土地について行われた文化財試掘・発掘調査が終了予定とされた平成二年一二月末よりも遅れ平成三年二月七日までかかったことに原因があるとする部分があるが、被控訴人らが右調査を委託した業務委託書(乙第六号証)には、業務委託の期間・平成二年九月一日から平成三年二月一五日、委託金額・三六七〇万二〇六二円と、また、右調査の費用見積書(乙第五号証)には、発掘調査期間・平成二年九月一日から五・五か月間、見積費用・三六七〇万二〇六二円と、それぞれ記載されており、甲第一二号証の1によれば、右発掘調査が終了した時期は平成三年二月七日、実際に要した調査費用として精算した金額は二三三九万八一二二円であったことが認められることに照らすと、文化財試掘・発掘調査は、そもそも同月一五日をその終了予定日とされており、調査は予定より早く終了したものと認められるから、被控訴人ら代表者の右供述は採用できない。

4  本件契約解除の意思表示の効力

以上によれば、控訴人が平成三年六月八日に被控訴人らに対してした本件契約解除の意思表示は、催告及び履行の提供の有無にかかわらず有効というべきである。

5  なお、仮に、控訴人が本件契約を解除するにつき、履行期以降に履行の提供及び催告を要するとしても、次のとおり、右履行の提供及び催告を認めることができ、あるいは解除の意思表示後相当の期間が経過したことを認めることができる。

すなわち、前記認定したところによれば、控訴人は、平成三年五月二六日、本件土地を視察した結果、造成工事は大幅に遅れ同月三一日の工事完成引渡しはほとんど不可能な状況にあると判断し、同月二八日、被控訴人らに対し、残代金支払の用意はしてあるが、工事の遅延状況及び程度に照らし、本件契約を解除したいと述べて、合意解除に関する協定書案を交付し、同月三〇日、被控訴人らから本件契約継続の申入れを受けたものの、これを拒否したものであるが、控訴人の右態度は、被控訴人らにおいて同月三一日の工事完成引渡しが可能であれば、これを受領することまで拒否したものではなく、本件契約に定めた履行期を遵守するよう強く求めた反面、右履行期に履行ができないのであれば本件契約を解除する意思を示したものと解される。

前記のとおり、双務契約の一方当事者が契約を解除するには、他方当事者の同時履行の抗弁を喪失させるため、履行期以降に自己の債務につき履行又は履行の提供をし、更に他方当事者に対しその債務の履行を催告することを要するが、その程度は、信義則上、他方当事者の債務履行についての態度等により軽減されるというべきであり、控訴人は、被控訴人らによる本件土地の造成工事等の進捗状況及び程度に照らし、前記の平成三年五月二八日における態度を、その直後に到来した履行期である同月三一日においても維持していたことが明らかであるから、同日、被控訴人らに対し、残代金の口頭の提供と同日までに履行の準備をしていることを前提として可及的すみやかに履行すべきことを催告したものと認めることができるとともに、控訴人の履行の提供及び催告は右の程度をもって足りるというべきであり、さらに、控訴人が被控訴人らに対し本件契約解除の意思表示をした平成三年六月八日には、既に右催告の期間を経過したものと認めることができるというべきである。また、右催告の期間が短きに失し、あるいは右事実によっては催告があったとは認め難いとしても、控訴人が被控訴人らに対し本件契約解除の意思表示をした平成三年六月八日から控訴人の本訴提起に伴う訴状が被控訴人らに送達された同年九月二日までには、既に相当な期間が経過したことが明らかといえる。

6  信義則違反、権利の濫用の有無

被控訴人らは、本件土地の宅地造成工事は控訴人の注文による工事であるから、控訴人が被控訴人らに対し平成三年六月八日にした本件契約を解除する意思表示は信義則に反し、権利の濫用で無効であると主張する。

前記認定したところによると、本件土地は被控訴人ら側が作成した本件契約書添付の土地利用計画図を基本に、控訴人の希望を容れて計画変更をした造成図面に従い宅地造成工事がされたものではあるが、右希望を容れるべきことについては本件契約書に明記されているうえ、右計画変更の内容は土地利用計画図を基本とし、造成地全体の概略の範囲、道路、区画数等の主要な点については変更せず、二区画につき面積を若干増加させること、その他の区画地の間口や地盤面の高さを変更することなど細部の点について変更するにすぎず、しかも一般住宅用の宅地としてより適するものとされたものであって、特殊な形態の区画ではないうえ、遅くとも平成三年三月一一日までには確定したことに照らすと、本件土地の宅地造成工事に控訴人の希望が若干容れられたことをもって、控訴人が被控訴人らに対し平成三年六月八日にした本件契約解除の意思表示が信義則に反し、権利の濫用にあたるということはできないというべきである。

三  以上のとおり、本件契約は、被控訴人らの債務不履行(履行遅滞)を原因として控訴人によって有効に解除されたものであるが、本件では、被控訴人らも控訴人の履行遅滞を理由として本件契約を解除し、これに基づいて反訴により損害賠償請求もしているので、被控訴人らが平成三年七月三〇日にした催告が履行の提供といえるかについて、念のため検討する。

前記認定したところによると、被控訴人らは、平成三年七月三〇日の時点において、中間検査を終えていたものの、本件土地の造成工事自体を完成させておらず、各区画毎の分筆登記等の手紙、境界点の明示も終えていなかったのであるから、右の時点において、本件契約上の債務の本旨に従った履行の提供をできる状態になかったのであり、したがって、被控訴人らが平成三年七月三〇日にした催告が履行の提供にあたらないことは明らかである。

これに対し、被控訴人らは、控訴人が枚方市に移管すべき公共施設を含めた本件土地の一部に仮差押えをしたため、枚方市に公共施設の移管をすることができず、工事完了検査を受けることができなかった旨主張する。そして、控訴人の申立てにより平成三年六月二一日本件土地の一部について仮差押えがされたことは前記のとおりであるけれども、右に述べたとおり、被控訴人らは、そもそも本件土地の宅地造成工事を完了していないのであるから、右仮差押えがされていなかったとしても、同年七月三〇日の時点で工事完了検査を受けることができない状態であったことに変わりはない。よって、被控訴人らの主張は採用することができない。

以上のとおり、仮に、控訴人が平成三年六月八日に被控訴人らに対してした本件契約解除の意思表示が無効としても、被控訴人らは、適法な履行の提供を行っていないのであるから、控訴人は履行遅滞に陥ることはなく、被控訴人らは、控訴人の履行遅滞を理由に損害賠償を求めることはできない。

四  控訴人が平成七年一一月二一日にした解除の意思表示について更に念のため検討する。

前記のとおり、被控訴人らは、本件土地の宅地造成を完了し、本件土地に対する仮差押えの執行解放金を供託して仮差押えの執行を解放し、枚方市の工事完了検査を受けたうえ、平成四年一一月一二日、東栄住宅株式会社に対し、本件土地のうち一七区画を売買代金四億三〇三二万円で、また、大阪府全日本不動産事業協同組合に対し、本件土地のうち一七区画を売買代金四億三三九二万円で、それぞれ売り渡し、その頃所有権移転登記をしたのであるから、被控訴人らの債務は社会通念上履行不能になったものであり、右履行不能は、それ自体被控訴人らの売却行為と所有権移転登記によるものであるうえ、前記認定したところによれば、被控訴人らの宅地造成工事の大幅な遅延に起因して生じた紛争中にその解決をしないまま、被控訴人らの責任のもとで売却と所有権移転登記を行ったのであるから、被控訴人らの責めに帰すべきものといわざるを得ない。

これに対し、被控訴人らは、控訴人が、被控訴人らが本件土地を第三者に対し売却したことをもって、本件契約が履行不能になったと主張することは信義則に反して無効であると主張する。

前記認定したところによれば、確かに、被控訴人らが第三者に対し本件土地を売却し所有権移転登記をしたのは、控訴人が平成三年六月八日に本件契約を解除する意思表示をしたうえ、同年八月二日に本訴請求訴訟に及び、本件契約上の代金支払義務を履行しない意思を明確にしていたことが重要な動機であると推認されるが、右のような紛争を招いたきっかけは被控訴人らの宅地造成工事の大幅な遅延に求めることができることは前記のとおりであるから、控訴人が、被控訴人らの右売却等をもって本件契約が履行不能になったとして、本件契約を解除することが、直ちに信義則に反するとまでいうことはできないというべきである。

五  よって、控訴人が被控訴人らに対して約定の違約金とこれに対する遅延損害金(起算日が訴状送達の翌日であることは記録により明らかである。)の連帯支払を求める本訴請求は全部理由があるから認容し、被控訴人らの反訴請求は理由がないから棄却すべきところ、原判決のうち、控訴人の本訴請求を棄却した部分は、控訴人の本件控訴に基づいて、これを取り消して控訴人の本訴請求を認容し、また、被控訴人らの反訴請求を棄却した部分は相当であって被控訴人らの附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条、九三条に従い、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、原判決主文一項に「反訴原告(被告)」とあるのは「反訴原告(被告)ら」の明白な誤記であるから、同法一九四条により右のとおり更正することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岨野悌介 裁判官杉本正樹 裁判官納谷肇)

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